郷土美術を収集している皆さんへ

 

当社では毎月入荷する作品のカラーカタログを発行し購入の実績のあるお客様に発送しております。美術品の

集収には欠かせない情報ですのであなたも当社のお客様になって頂けませんか。最高作の上級品から中級・並

級・欠格品・偽物までグレードのランクを付けて説明しております。初めての方も安心してお買求め出来るよ

うになっております。店内には現物が常時展示されていますので実際に見ていただければわかります。遠隔地

の方には通信販売の方法でもお取引願っております。美術品の売買はインターネットには向かない商法です。

実際に現物を見てみないとキズの具合や汚れはわかりません。ましてや真贋については全くわかりません。

作家のランクも重要です。価値のないものに貴重な金を払うことは出来ないからです。まず作家を勉強するこ

とです。それには「大林昭雄著 郷土美術大系 全21巻」 が役に立ちます。この本で全てがわかります。

信頼の出来る店を選ぶことが大事です。古美術の集収で失敗しない為のアドバイスです。なんでも困ったこと

はご相談ください。

 

伊達政宗 仙台開府400年に思う

 

政宗が支倉常長をヨーロッパに派遣した目的は何だったのか。彼の詩の中からは親善のための単なる派遣とは

考えにくいのである。「邪法迷国唱不終・欲征蛮国未成功・図南鵬翼何時奮・久待扶揺萬里風」。信長から始ま

ったキリシタン弾圧は秀吉、家康と続いたがキリスト教の信者は一向に無くならず国の存亡を危惧した為政者

たちは鎖国という強行手段に出ざるを得なかった。その中にあって政宗は本気でキリスト教の本国を攻撃する

必要を感じ取っていたのだろう。常長の派遣は敵情視察のスパイ大作戦であったと見なければならない。

その常長が 「ミイラとりがミイラになって」 帰ってきたのでは話にならない。

政宗の決断は常長の処刑であった。常長の像を作るとするならばそれは「苦悩する常長像」がよい。任務と信仰

の狭間で苦悩し天に向かって慟哭する常長の姿を表現するなどこれこそヴァチカンにふさわしい彫刻ではなか

ったのか。また当時の為政者たちのとった政治の決断は最良の選択であった。これはヨーロッパ列強の植民地

支配を拒否した功績は世界史の中でも特筆に価するものであるからである。「図南鵬翼」の詩は第二次大戦中我

々もまた決戦の糧として戦いに臨んできた。御用学者の土井晩翠は国粋主義者の詩人として有名であった。

七五調の調子の良い詩で軍歌を作り富国強兵に協力、学徒兵の出陣にあたっては「鬼畜米英を撃滅せよ、皇国

のために死んでこい」と激励し「一億玉砕」の書を沢山書いて政府に協力した。しかし今の若い世代の人々には

そのような事実があったことを知る人はいない。仙台でもアメリカ軍の空襲で1300人もの市民が死んでい

る。自民党の連中が靖国神社に参拝して一体何を拝んでいるのだろうか?わからない。

 

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伊達家伝来 「蒔絵・螺鈿(葡萄・草花文様) 提重」 について

 

今回ご紹介する「蒔絵・螺鈿 提重」は伊達家の伝来品である。大正5年の伊達家「売立て図録」によると同じよ

うな提重が見つかったので紹介する。図録のものは「梨子地香包蒔絵提重」で今回のように蒔絵にプラスして螺

鈿細工が施されたものではない。それでもその時の価格は1689円であった。このたび紹介する「蒔絵・螺

鈿提重」は現代の職人では作れない細密の技法が使われているので複数の専門職人が相当の時間をかけて製作

に当たったものであろう。図録品や本品のどちらにも伊達の家紋はない。本品の外箱には伊達家伝来の古い金

文字が残っている。錫製の酒器(すずや弥三右衛門の刻印付)が2本ついているが少し破れがある。これは修復

が可能だと思う。横幅34、3cm 奥行20、0cm 高さ32、3cm。伊達家と婚姻関係にあった諸家

にもいろいろの持参品が残されたが戦後散逸したものが多いのでその一品かもしれない。

 

 

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       伊達家伝来・「蒔絵・螺鈿 提重」

 

戊辰戦争を見直そう!  その5   戊辰戦争を見直そう! その1 のページへ

 

仙台藩最後の武士道は戊辰の戦いで示された。義烈の勇者達によって士魂は華を咲かせたのである。白河口の

戦いで官軍から「ドン五里兵」と嘲られた仙台藩の部隊もあったが「額兵隊」や「見国隊」など仙台藩降伏後も武士

の意地を通したのである。「士魂燦燦兮」!!額兵隊と砲兵隊を野外展示して戊辰の慰霊の施設を作ろう。

広い駐車場のある後世にわたって戊辰を忘れないためのメモリアルパークを造るよう、額兵隊に関係した市町

村に強く訴えます。

 

ヴァチカン宮殿の美術について

 

私はローマには何回か行っているが時間が許せばヴァチカン宮殿を訪ねている。中でもシスティナ礼拝堂のリ

ュネットと天井の絵画が圧巻である。この天井画はミケランジェロがデッラ・ローヴエレ家出身のユリウス2

世のために1508年5月10日から工事に着手し天井520平方メートルの全体が完成したのは1512年

の11月1日であった。ミケランジェロはこの絵画工事に当たり最初に画きはじめたのは入口の壁側から「創

世記」の9つの物語の順序を逆さにして「大洪水」・ノアの物語の3場面からであった。この最初の時には周辺

の人物を画くのに助手の手を借りているが「5人の預言者」以降はミケランジェロが一人で製作に当たった。

その他ラファエッロも「アテネの学堂」ほか沢山の作品を残している。ここにはルネッサンス美術の精華があふ

れている宝庫なのである。ヴァチカンについてはいくら書いても書き尽くせるものではない。日本からの見学

者も毎日押すな押すなと押しかけているのである。

 

 

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