近代・現代美術の特売セールについて

 

 その1 美術館や研究者向けに仙台関係の「20世紀美術・1930年代、日本のシュールレアリズム運

動の先駆者たち」の作品から全国区の先生方である例えば福沢一郎、吉井忠さんを始め次のものをお譲りい

たします

 

吉加江京司 東京在住、物故、クロッキー 風景・裸婦など 彩色 約30点

内田慎蔵  秋田在住、物故、油彩・60F 50F 各1点。水彩・15点

土井俊生  東京在住、物故、油彩・蝕シリーズ 8F  1点

               これらについては「現代宮城の美術」を御覧下さい。

 

その2  近代日本画の先駆者佐久間鉄園の作品は如何ですか。

 

佐久間鉄園の名品が色々あります。鉄園は仙台藩画員佐久間晴岳の二男で母は仙台藩画員菊田伊洲の娘です。

狩野派の名手ですが明治期に上京 東京在住で帝室技芸員を拝命、明治40年の第一回・文部省展覧会(文展)

以来毎年審査員にあげられ日本の近代美術の振興に寄与しました。全国的に有名な画家ですので美術館向けに

特売いたします。

 

佐久間鉄園  百寿三老図   掛軸 絹本  巾42cm  彩色 表装良好

 

鉄園の作品は時々入荷があります。特に当時の帝展などへの出展作と見られる大作があります。すべて未発表

の作品ですので格好の研究材料ではないでしょうか。

 

仙台藩の戦国秘話 (その2) 真田幸村の遺児について 

 

大阪夏の陣の折大阪城落城の前夜夜陰にまぎれて片倉重長の陣中に避難してきた女性たちがいた。幸村の娘阿

梅たちである。重長はこの女性たちを白石につれて帰った。幸村がなぜ片倉家に遺児たちを託したのかという

と真田家の屋敷が京都伏見で伊達家と隣り合わせで建っており幸村は初代小十郎とは旧知の中だったというこ

とである。幸村には正室・側室合わせて13人の子があったが大阪の陣には長男大助と阿梅の二人だけを連れ

て大阪城に入り他は京都に避難させていた。幸村と大助は戦死したが阿梅と家臣穴山小助の娘二人は重長に託

して助命を乞うた。その後幼い弟妹四人が阿梅を頼って白石に身を寄せたので片倉家では白石城の二ノ丸にお

いて養育した。その後阿梅は重長の正妻歿後後室となりお菖蒲は旧三春城主田村定顕の嫡子定広に嫁ぎ初代小

十郎の姉で賢夫人の誉れ高い喜多の名跡を継いだ。白石市本町の当信寺には今も阿梅と大八の墓が残っている。

 

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                 土井俊生・蝕シリーズ・油彩・F8

 

1936年パリーの芸術誌「ミノトール」に日本人画家として唯一人作品が紹介された土井俊生(宮城県出身)

「エコルド東京」創立委員、創紀美術協会、美術文化協会、新象作家協会の創立に参加。日本シュールレアリズ

ム運動の草分け的存在。彼の作品は公立美術館に若干収蔵されているだけで殆ど残っていない。

 

 

 

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